広告運用の役割を「獲得偏重型」から「顧客創造型」に捉え直す
2022年03月28日
ライター:寳 洋平

「広告運用を経験して一通りできるようになりました。けれど、このままでいいのかなと思っていて…」。

運用型広告に携わっている方からこんな相談を受けることがあります。そんなとき筆者なりに考えたり、伝えたりしているのはこういうことです。

運用型広告の世界はこれからも早いスピードで進化していきます。でも、ただついていくばかりではなく、一歩立ち止まって、視点を変えてみませんか。

例えば、広告運用を「獲得偏重型」から「顧客創造型」に捉え直すことで「自社の商品/サービスの成長」という、本来のビジネスの目的に戻した活用ができます。

この記事では、筆者が15年以上の広告運用の実務から学んだ「顧客創造型」広告の考え方を紹介します。

はじめに

あなたの会社では、運用型広告をどんな目的で使っていますか。

筆者は15年以上広告運用の支援の現場で、さまざまな業種、さまざまな企業規模のプロジェクトに携わってきました。広告媒体側ではさまざまなメニューを用意しているものの、ほとんどの場合、企業側では広告を出稿する目的は「予算内でできるだけ多くのコンバージョンを獲得すること」「できるだけ多くの売上を獲得すること」です。

金銭的価値に換算可能なコンバージョンを定義し、その獲得効率を指標にします。広告が出はじめると日々数値で把握できるようになるため、データに基づいて「確実にCVにつながる切り口」を評価し、継続的に費用を投下します。

コンバージョンの数や売上金額の獲得を最優先に考えるこのやり方を、ここでは「獲得偏重型」広告運用と呼ぶことにします。かつてこの獲得偏重型広告運用はビジネスを加速するための頼れる「花形的存在」でしたが、その限界が近づいているように筆者は思えます。

獲得偏重型広告運用は限界に?

なぜそう思うのか? 日本の広告費でトップになるほどネット広告はメジャーとなり、なかでも運用型広告は普及が進んで、出稿する企業が増えています。増えているということは、つまり広告だけで頭1つ抜けることが難しくなってきているということです。競合が多数出稿するなか、クリック単価をはね上げて勝負しつづけられる資金力のある企業は限られているでしょう。

また、広告媒体の進化と、多くの企業のWebサイトの現状がフィットしなくなっているという事情もあると筆者は見ています。

現在の運用型広告は、コンテンツや商品情報データベースなど自社が保有するデジタル上のアセットを使って出稿するものになっています(2017年Web担当者Forumに筆者が寄稿した記事参照)が、広告媒体が推奨するような最適なかたちでWebサイトを用意し提供できている企業は限られています。

加えて、私たち一人ひとりのプライバシー保護に対する意識の高まりが社会課題として浮上し、世界で法令面の整備がなされていることも影響しています。

ご存じのように獲得偏重型広告の「代表選手」とも言えるリターゲティング広告は、Cookieの段階的廃止により徐々に存在感が薄くなっています。それだけではなく、これまで広告媒体の獲得効率を証明する要(かなめ)となっていたコンバージョンの計測そのものにも欠損が出ています。

欠損を補完するために、広告媒体はメールアドレスなどの個人データを安全なかたちで媒体に提供し、活用することを提案していますが、法令遵守の観点だけでなく企業の顧客や社会に対する姿勢自体が問われる問題であり、他社の状況を様子見することはしても、積極的な決断に踏み切れている企業は多くないように思えます。

広告媒体のテクノロジーの進化にすすんでついていく企業は、これからもその恩恵を得られるかもしれません。しかし、すべての企業が同じようにはできないし、みながみな同じようにする必要もないのです。

広告媒体の進化へ過度に寄り添うことをせず、それよりも自らの顧客と真摯に向き合い、商品・サービスの成長に注力する企業も出てきており、その姿勢はまっとうであるように筆者には思えます。

広告運用を「顧客創造」に活用する

そんななか、筆者の提案したいのが広告運用の役割を捉え直すことです。筆者自身の実務経験で失敗も重ねながら得た学びをあえてひと言に集約するなら、広告運用を「顧客創造に活用する」というものです。

先に見てきたように、獲得偏重型広告運用は「確実にCVにつながる切り口」のみを評価し、反対にCVにつながらないものを対象から外しがちです。極端な言い方をすれば「実証済みのユーザー層」を増やすことのみに注力しているのであり、競合と同じユーザー層を取り合う「消耗戦」になりやすいのです。

それに対して顧客創造型広告運用は「現在はメインの顧客層と捉えていないが、今後商品/サービスを成長させる伸びしろになり得る新しい顧客層を発見する」ことを狙って、継続的に費用を投下する取り組みです。

どうやるのか? カナダの経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ氏の論文「戦略クラフティング」(1987年)に倣って、このやり方を「広告クラフティング」と名付けます。

広告クラフティング~顧客創造を目指した広告運用

広告クラフティング、顧客創造を目指した広告運用には3つのステップがあります(便宜上ステップと呼ぶものの、実際には線的ではなく、行ったり来たりするものです)。

文化人類学者でKJ法の提唱者として知られる川喜田二郎氏は『発想法』(1967年)のなかで、科学のアプローチ法として仮説を検証する「実験科学」よりも前に、現実に触れる「野外科学」の重要性を伝えています。広告クラフティングも、新たな仮説を生み出すことを目指してユーザーの現実に触れることから出発します。図示するとこうなります。

広告クラフティング

各ステップで行うことについて少し見ていきましょう。

1.仮説創出

仮説創出パートでは、獲得効率を優先する態度とは真逆のことを行います。確実に、効率よくコンバージョンにつながる顧客層にしぼるのではなく、ユーザー行動を観察したり、ユーザーと対話することによって、新たなヒントを見つけに行きます。

獲得効率が優先されている現場では、仮説を考えること自体が行われていないか、もしくは何らかのきっかけで新しい仮説が生まれても、検討しにくい空気が流れているはずです。そのため、社内から「それ、やる意味あるの?」「コンバージョンは増えるの?」「そもそも時間がないんですけど」という反対意見が出ることはあらかじめ想定しておきましょう。

しかし、あなたが担当しているのは、同じことを繰り返していれば成長が約束されている商品/サービスでしょうか。そのような順風満帆な商品/サービスはひと握りで、変化の著しい現代では理想的な状態は一時期にしか存在しない、というのが筆者の基本認識です。ですから、頭打ちや尻すぼみの状態を打破する必要がある商品/サービスなら、やる意味が大いにあるのです。

行動観察:n=1のユーザー行動を細やかに観察してヒントを見つける

文化人類学や社会学の分野では、対象の暮らす現場(フィールド)に訪れ、観察して生態などを描き出すエスノグラフィーという手法があります。広告の文脈で言えば、実証済みの顧客層のみに目を向けがちだった頭を解きほぐし、いったんリセットしてフィールドに出ることで新たなヒントの種を見つけるのに活用できると考えられます。

リアルな現場が理想ですが、擬似的ではあってもフィールドに出て人間の行動を観察する方法として、Microsoft Clarityのセッションレコーディング機能が使えます。このセッションレコーディングは、Webサイトに訪れたユーザーの動き=定性データが捉えられるものです。使い方がわからないと、時間をいくらでも使えてしまう沼のような側面がありますが、Google アナリティクスと連携できることには注目です。連携して使うことにより、観察対象とするユーザーにあたりをつけた上で活用できるからです。

観察で気になるユーザー行動を必ずメモして「小見出し」をつけておくことが重要です。広告のアイデアを広げる段階で持ち寄って使います。

顧客インタビュー:ユーザー自身の語りから気持ちを深くまで理解する

顧客へのインタビューも、仮説創出に活用します。広告の仕事をする以前に編集/ライターであった筆者は、インタビューには特に重要な意味があると考えています。

インタビューは、聞き手のなかで質問がどれだけ構造化されているかによって「構造化」「非構造化」「半構造化」に分かれます。仮説の検証が目的であれば構造化インタビューが向くのですが、新たなヒントを見つけにいく場合には不向きです。

半構造化/非構造化インタビューでは、話し手自身が語る言葉を大切に捉えていきます。準備した質問に答えてもらうだけではなく、顧客の言葉で活き活きと語っていただくには、聞き手の「スタンス」や「問い方」にポイントがあります。

なお、現在はZoomやTeamsなど会議を行えるツールの録画機能を使うことで、以前よりも簡単にインタビューを実行できる環境が整っています。

生身の人間とリアルに向かい合うよりも限定的にはなりますが、世界的なパンデミックにより人とリアルに間近で接触することの難しい状況が続いていることを鑑みれば、デジタルでできることを積極的に活用していくのがよいでしょう。

テキストに起こしたインタビューはそのままにせずに読み返し、気になる箇所を切り取って「小見出し」をつけ、広告のアイデアを広げる段階で持ち寄って使います。この行動観察、顧客インタビューについては、それぞれ別のコラムで詳しく紹介します。

2.クラフティング

2のクラフティングは広告をつくっていくパートです。1人ではなく複数人が集まって共同で広告を考えたり、ユーザーと商品/サービスのリアルストーリーを描いていきます。

共同編集:関係者全員で広告の切り口やアイデアを広げてまとめる

広告を1人で作っていませんか。1人で広告を考えると、どうしても同じような切り口に偏っていきます。もしもその限界が、商品/サービスの成長にブレーキをかけてしまっているとしたらどうでしょう? 面倒に感じても、自分だけでやらずに周囲に働きかけるべきなのです。

対象となる商品/サービスの関係者全員で広告のアイデアを考えるのが理想です。マーケティングに携わる担当者だけでなく開発の担当者、営業の方、デザイナー、事業の責任者、外部のパートナーまで、できるかぎり多種多様なメンバーを巻き込んでください。

現在の商品/サービスについて訴求できるアセットを洗い出し、加えて1の行動観察や顧客インタビューで見つけた「気になる箇所」をアイデアの種として使います。

関係者全員に参加してもらうのは、アイデアが広がるからだけではありません。「このユーザーには、こんなメッセージなら伝わるんじゃないか?」と新しい仮説を検討することは、未来のアセットについて考えることだからです。検証の結果次第で、現状の商品/サービスを大きく「変える」可能性があります。商品/サービスを変えるときに必要な人間が集まっていることは、合意形成して前に進める上でも重要なのです。

広告のアイデアを出し合うには、模造紙(ホワイトボード)と付箋とペンか、Miroのように共同編集できるコラボレーションツールがあると便利です。Miroを使って広告のアイデアを広げるやり方については、別のコラムで詳しく記します。

物語作成:想像力を使ってユーザーと商品/サービスのストーリーを描く

広告運用の現場では、検索キーワードを手がかりに広告のプランが作られてきました。ユーザーの検索する言葉から意図や気持ちを読み取り、それらに応える広告およびコンテンツを用意してユーザーとのあいだに橋をかけ、行動を促すというものです。キーワードに「意図や気持ちが含まれている」と考えるのは検索エンジンマーケティングの基本です。

また、ユーザーの行動を手がかりにした広告のターゲティングも生まれました。こちらはユーザーの行動から気持ちや熱量を読み取り、それらに応えるというものです。デジタル広告に携わる方なら、リターゲティングやリマーケティングを知らない人はいないでしょうし、使ったことがある方も多いはずです。

これらの手法にはもろさがあったと筆者は捉えています。「いくらでも易きに流れてしまえる」のです。結果、心ない広告やコンテンツが大量生産され、多くのユーザーをうんざりさせてしまったのはご存じのとおりです。

過去のこの過ちから私たちは何を学ぶべきでしょうか。広告に携わる者の一人として、これからはもっと自身の想像力を働かせて仕事をするべきであると筆者は考えます。

映画のシナリオ技術には、主人公の自分自身との葛藤、対立する他者(他社)や社会へのアクションの連続によって前進する物語を描く方法論があります。また、日本語では物語の結末を「むすび」という言葉で表現するように、異なるものが結び合わさることを物語の原型と捉える考え方もあります。

顧客創造型広告では、こうした映画や文学など芸術の分野で発展してきた物語の価値観や方法論を採り入れ、顧客から選んでいただきかつ愛用いただくためのストーリーを描くのに活用します。普段から小説や漫画を読んだり、映画や芝居などに親しんでいる方は力を発揮しやすいはずです。

3.仮説検証

1のプロセスで創出された新たな仮説を、2でつくられた広告を使って検証していくパートです。構造化されたテストを行うことによりデータを蓄積・共有し、検証結果を商品/サービスの成長に活かしていきます。

構造化テスト:成長につなげる実験の連続を、全員で共有・蓄積する

顧客創造型広告が目指すのは新たな顧客層を作り出すことによる商品・サービスの成長であり、広告の運用は仮説検証のためのテストです。このテストは連続して行う必要があるため、テスト自体を「構造化」しておくことが重要です。具体的には、以下のような項目をあらかじめ洗い出して記しておきます。

  • 仮説と目的
  • ターゲット層
  • ターゲット層の状況(検討段階)
  • 接点(広告媒体)
  • テスト要素と広告フォーマット
  • テスト期間

どのテストを行うときにもこれらの項目を揃え、テスト自体をデータベース化します。

以前までの筆者はこういうときおもにGoogle スプレッドシートで管理していたのですが、昨年Notionというツールが役立つことに気づきました。継続的なテストの管理に必要な「テスト全体の管理」から「スケジュールの管理」「テスト内容の詳細の管理」まで、Notionに集約できるからです。これを関係者で共有します。

広告担当者の転職で、これまで社内にあった知見がなくなってしまった、ということがよく起きています。そうならないよう仮説検証の軌跡を記録し、蓄積していくことは大きな価値があります。

ダブルループ学習:得られた学び商品/サービスの改良に結びつける

獲得偏重型広告では、広告の結果で得られた学びを広告の改善にのみ活用しがちです。これを「シングルループ学習」と呼びます。

顧客創造型広告では、行動観察や顧客インタビューで新しい仮説を作り出し、広告のアイデアを関係者と共同編集した上で商品・サービスの成長を目指した仮説検証を行います。そのため、テスト結果を「市場(ユーザー)からの答え」と受け止め、その学びを広告の改善にとどめず商品/サービスの改良に活かします。これを「ダブルループ学習」と呼びます。

広告のアイデアを広げる段階で関係者全員に参加してもらっていること、テストを構造化し共有できていること。そのどちらもが、このダブルループ学習で活きてきます。テスト結果が広告運用の担当者だけではなく、商品/サービスの責任者はもちろん、開発の担当者、営業の方に対しても共有できることで、商品/サービスの改良を進めるための行動につなげる足固めができているからです。

といっても、実際のプロセスは地道です。まずはページや資料の見せ方を変えるなど小さなことからはじめます。テストを継続しながら、徐々に商品そのものやサービスのメニューの改良、ビジネスモデルの改良までに結びつけていけるようになれば成功です。

そうなったとき、商品/サービスの成長はもちろんですが、広告運用の担当者自身もその枠を超え、チームや組織のなかで欠かすことのできない存在になっていけるはずです。

終わりに

今回は筆者の考える顧客創造型の広告活用の全体像を紹介しました。広告を「獲得偏重型」から「顧客創造型」に捉え直すことで「自社の商品/サービスの成長」という本来の目的に戻すことができます。

今回紹介した「行動観察」「顧客インタビュー」「共同編集」「物語作成」「構造化テスト」などは、別のコラムでも詳しく紹介する予定です。そちらも併せて読むことで理解が深まると思います。そして1つでもやってみようと思った方、ぜひ挑戦してみてください。

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