デザイン文具・紙製品を展開するメーカー・デザインフィルの主要ブランド「ミドリ」。すぐにピンと来なくても、便箋やレターセットを使っていて「MIDORI」の名をご覧になったことがある方は多いかもしれない。
そのミドリの公式サイト内に、年間600万人のユーザーが訪れる人気コンテンツがある。「手紙の書き方」だ。コンテンツはどこかの寄せ集めではなく、さまざまなシーンで書き方に悩んだとき役に立つ文例が並んでいる。しかも文例はすべて手書きでのビジュアル付きという手の込みようだ。
これらのコンテンツは誰がどのように生み出しているのか?
同コンテンツを生み出している、クリエイティブセンター マーケティンググループ統括マネージャー 中村雅美氏にお話を伺った。
文例や手紙を書くコツなど手紙の楽しさを紹介するミドリ公式サイトのコンテンツ「手紙の書き方」には、毎日多くのユーザーが訪問する。かたすぎず、くだけすぎもしない適度な距離感の文例やマナーで支持を集めている。
このコンテンツが生み出される理由を知るには、まずデザインフィルの事業について知る必要があるだろう。
- 便箋メーカーからスタートし「デザインと紙」を軸に事業を展開してきたデザインフィル
- 人気コンテンツ「手紙の書き方」が生まれるまで―きっかけと経緯、ユーザーに受け入れられた理由
- 実は非常にシンプル―継続的にコンテンツを生み出す体制
- 手紙や手紙の魅力を通じてミドリのファンを作りたい―今後の展開
便箋メーカーからスタートし「デザインと紙」を軸に事業を展開してきたデザインフィル
――今日はよろしくお願いします。まずは、御社の事業についてお聞かせください。
中村よろしくお願いします。1950年の創設以来、培ったデザイン・開発力をもとに、新しいライフスタイルとコミュニケーションを提案する製品の開発を行なっています。
ミドリプロダクト事業(デザインステーショナリーの企画、デザイン、製造)、コマーシャルデザイン事業(企業向けプレミアム、ノベルティギフト、OEMの企画・デザイン・製作)、ブランド事業(ブランド開発、運営、オンラインショップ)の3つの事業を展開しています。
――もともと「ミドリ商会」という便箋メーカーからはじまったのだとか。
中村はい。ミドリ商会創設時、飛脚印の便箋メーカーとしてスタートしました。その後、便箋、封筒、ノート、色紙、祝儀袋など紙製品をメインとした、機能性にデザインをプラスしたステーショナリーを展開しています。現在ミドリはデザインフィルの主要ブランドとして、女性を中心に幅広い層のお客様にご愛用いただいています。
レターや祝儀袋・色紙・シールなど、デザイン性の高いペーパーコミュニケーションアイテムや、意匠性を加えたクリップや修正テープなどのデザイン文具、今までにない機能を持つアイデア文具などもあります。
――昨年ISOT(国際文具・紙製品展)2013にお邪魔したとき、御社の出展ブースに度肝を抜かれました。
中村ISOTはB2Bの展示会ですが、当社では、企業メッセージ発信の場としてとらえ、毎年その年の開発テーマを表現したブースデザインとしています。2013年のテーマは「LIFE with PAPER」でした。
1950年の創設の頃から、私たちは創造の原点として「デザインと紙」を大切にしてきているのです。
――いわゆる「ブース」という概念を突き抜けていて、紙で一つの世界ができているように思いました。
中村 現在、紙は人々の暮らしを楽しく、豊かな未来へと導く存在となっています。その力を改めて感じていただきたいという想いから、さまざまな紙のカタチや可能性をご覧いただきました。素材の柔軟性を感じさせる紙の壁、異素材を使用しながらも紙の特性や質感を感じさせる展示台など。
紙の世界に包まれて、紙の可能性に思いを馳せていただくためのデザインですね。
――インターネットが人々の生活に根付いてきて、コミュニケーションもデジタル化が進んでいます。そんな時代だからこそ活きる「紙」のデザインがあるのでしょうか。
中村デジタル時代が進む一方で、アナログの良さが見直されてきてもいます。
ある手帳に関する調査では、2014年の手帳をデジタルから紙の手帳に変えると答えている方が多かったんです。用途に応じてスマートフォンと紙を使い分ける方が増えているようです。私たちの製品でも、高級ラインのノートが売れたり、日記や自由にカスタマイズできるノートの動きが好調だったりします。
デジタルは「記録」ですが、手書きは「記憶」と結びついているんですよ。
――記録と、記憶。
中村ええ。手書きの文字はそのときの感情や情景を思い起こさせる力を持っているので、あとになって読み返すのが楽しいですよね。
ミドリには「ペーパーコミュニケーション」をコンセプトにしている製品があるのですが、手から手、手書きで書かれたメッセージは想いが伝わり、温かい気持ちを一緒に届けることができるという、デジタルにはなかなか出せないよさを持っていると思います。
人気コンテンツ「手紙の書き方」が生まれるまで―きっかけと経緯、ユーザーに受け入れられた理由
創設から現在に至るまで「デザインと紙」を軸に事業を展開、デジタル全盛のなかで手書きによるコミュニケーションの大切さを伝えているデザインフィル。「手紙の書き方」コンテンツが生まれる企業の風土が見えてきた。
では、どのようなきっかけでコンテンツをはじめ、ユーザーに受け入れられていったのだろうか。
――コンテンツを作ることになったきっかけを教えていただけますか。
中村ミドリの便箋やレター製品にはもともと、手紙の基本形式や季節の挨拶、頭語と結語など手紙を書くときに役立つ情報が印刷されているのですが、これをベースにしてサイトに載せはじめたのが2001年のことでした。
――2001年。かなり早くから取り組まれてきたのですね。
中村ええ。最初は例文や挨拶の基本、宛名の書き方など、お役立ち情報コーナーのような位置づけですね。
――こちらを載せて、お客様からの反応などはありましたか?
中村そうですね…その頃はまだアクセス解析のデータなども簡単には見られなかったですし、この時点で反響を感じられたというわけではないです。一部の人間が生ログを見ていたものの、あまり意識することもなく、手紙を書かれる方にとって必要だと思えるコンテンツを載せていきました。
その後、サイトのリニューアルのタイミングで「夏のたより」という季節性のある新製品を出して、その製品の使い方見本として、文例を載せたものを掲載しました。
――この手書きの見本は、誰が書かれたのですか?
御社の手紙の書き方コンテンツは、今も手書きの文でいっぱいですよね。
中村これは、社内で分担して書いているんです。(笑)
――すごい! よく見ると、一つ一つの筆跡が違いますね。
中村やりながらわかってきたことなのですが、見本があまりにも上手すぎると、ハードルがあがってしまって、こんなふうに書けないや、と意欲が下がってしまう方がいるようなのです。
ですので、必ずしも上手でなくてもいいからていねいに書いたり、文面によっては女性ではなく男性が書いたり、バリエーションを増やしながら、見せ方に工夫しています。
――お客様からの反響が見えてくるようになったのは?
中村アクセス解析ツールUrchinを使うようになり数年経つなかで、文例ページのアクセス数が増えていることが、社内にも浸透してくるようになりました。
それで手紙の書き方を独立したコンテンツとしてスタートさせたのが2009年のことです。社内でロゴを募集して、これが今の形になっています。
それ以前とはまったく別のコンテンツとして作成したので、ここからが「手紙の書き方」の本当のスタートと言えると思います。
当時、ビジネス文書の文例を載せる情報サイトはたくさんありましたが、現代の働く女性がビジネスシーンで個人として手紙を書くとき、役立つような文例はありませんでした。
そこで「ビジネスプライベート」をコンセプトに、ビジネスシーンにおける個人向け文例をコンテンツとして追加しました。
――ここからが本当のスタートということですが、全体として掲げられたサイトの目的などがあったのでしょうか。
中村サイトの目的は「製品のPR」ではなくて「手紙文化の啓蒙」。つまり、企業活動としての位置づけです。
「ペーパーコミュニケーション」をコンセプトとしている紙製品を多数ラインアップしていることもあって、手書きの魅力や、気持ちを伝える手段である手紙の魅力を伝え、広めるのを最大の目的としています。ですので、文例は便箋に手書きで書いたものと、テキストの両方を掲載しています。
――なるほど。製品ありきではなく、御社の企業活動を通じて社会に提供する価値や貢献が、このコンテンツを作る根っこにあるわけですね。
中村はい。ですから、いわゆる実用サイトともまた違うんです。手紙=難しい、堅苦しいイメージではなく、手紙はもっと簡単で、楽しいんだということを伝えたくて、手紙にまつわるストーリーやミニ知識など、よみもののコンテンツも掲載しています。
デジタル化が進む時代だからこそ、わざわざその方のために時間を取って手書きで書いた手紙は、受け取った方にとって価値の高いものになるはずです。そういうことを、もっと広く知っていただきたいんですね。
その後も使い勝手をよくする、もう少し若い世代の方にも手紙の楽しさを伝えたいということから、2012年に再度リニューアルを行い、現在のスタイルになりました。
ページ内の検索性の向上と読み物の追加、サイトの見やすさなどに考慮しています。
――試行錯誤を繰り返してきて、今、多くのユーザーから受け入れられている。その理由をどう捉えていますか?
中村さまざまなシチュエーション、より具体的なシーン設定をして文例を掲載していることが、ピンポイントでお客様のニーズにお応えできているのではないかと思います。
例えば、母の日に書く手紙の文例でお話しますね。まず、自分のお母さんより義理のお母さまにあてる文例のほうが人気なのですが、これは考えてみれば想像がつきそうですよね。パートナーのお母さまと上手にお付き合いをしていくために、気を遣って言い回しを考える必要があるからだと思うのです。
――義理のお母さまへの手紙……確かに多くの方が悩むのでは。
中村その同じ義理のお母さまへあてる文例でも、具体的に考えていくといろいろあるのです。サイトでは「離れて暮らす義理のお母さまへ」「近郊で暮らす義理のお母さまへ」「同居する義理のお母さまへ」「義理のお母さまへのプレゼントに添える手紙」など、さまざまなパターンを用意しています。
毎年アクセス数が多く、大きな反響をいただいているので、さまざまなバージョンを作っていった経緯があります。
――このテーマは奥が深いのでしょうね。違いは検索キーワードなどに表れにくくても、必要とする人がそれぞれいそうです。
中村他にも、ビジネスシーンで多く登場するようなお礼やお詫びの文例も、とても人気がありますよ。
こんなふうに、一つ一つは隙間なのですが、バリエーションに富んだ文例や、気の利いた一言など、他社ではあまり行っていない隙間のニーズ一つ一つにお応えしていることが、受け入れていただいている理由かもしれません。
実は非常にシンプル―継続的にコンテンツを生み出す体制
手紙の書き方は現在約400の文例があり、毎月定期的な更新がなされている。
多くの企業がコンテンツを発信していく上で抱える課題の一つに継続性があるが、手紙の書き方はどのような体制で実現しているのだろうか。
――「手紙の書き方」は継続的にコンテンツを更新されていますが、どのような体制で取り組んでいるのですか?
中村直接携わっている社内の人間は5人です。大きく分けて企画、デザイン、サイト構築・制作の担当がいます。
社外では、文例をむらかみかずこさんに監修いただいているのと、コラムはライターの方にもお願いしています。
――社内でどなたか専任の方はいらっしゃいますか?
中村いえ、誰も専任というわけではないので、忙しいときは大変ですね。
――編集会議はどのような形でされていますか?
中村編集会議、というほどのものはしていないですね。どんなコンテンツを作っていくかの年間計画は立てて、毎月1回、数パターンの文例と手紙にまつわるコラムや行事やイベントなどに合わせた特集など、年12回更新しています。
ただ実際、企画のブレストが部内で自然発生的に起こることが多くて、世の中のトレンドや、既存コンテンツのアクセス数などを見ながら柔軟に内容を考え、作成しているという感じです。
――更新に関して気をつけていることがありますか?
中村お客様がいつ訪れてもそのときの季節感を感じていただけるように、TOPページのビジュアルには気を配っています。いわゆる文例サイトを目指したいわけではないので、手紙を書く楽しさが伝わる雰囲気を大切にしていますね。
また、ミドリの公式Facebookページに更新情報を掲載してもいます。
――コンテンツには何らかのビジネス上の効果が求められると思うのですが、何を指標にされていますか?
中村手紙の書き方は商業サイトという位置づけではないですし、難しいところではあるのですが、数値化は行っています。
コンテンツを通じての訪問数やページビューのほか、コンテンツを経由してのオンラインストアへの送客、売上金額などを計測して、継続的に推移を見ています。
――苦労されていることなどあれば教えてください。
中村いかに信頼感を得られるサイトになるか、また、手紙に興味を持っていただける内容にできるか。
探している文例を見て直帰されるお客様にもう1ページ見ていただく、次に書き方に悩んだときに来ていただくための工夫をはじめ、今も試行錯誤を続けています。
手紙や手紙の魅力を通じてミドリのファンを作りたい―今後の展開
――手紙の書き方コンテンツに関して、次の展開をお聞かせください。
中村ミドリのお客様は女性がメインということもあり、これまで女性向けコンテンツの更新が多かったのですが、一方で沢山の男性のお客様にも利用いただいています。
今後は男性のお客様も活用できるサイトとして、これまでよりもう少しビジネスシーンに寄った、個人向け文例を追加していきます。手紙のマナーも交えて、コミュニケーション力をアップするツールとして、手紙の魅力を紹介していく予定です。
――私も一筆箋で添え状を書くとき、参考にさせていただいたことがあります。
手紙の書き方は今後、どうなっていくことを目指しますか。
中村手紙や手書きの魅力を通じてミドリを知っていだたき、ミドリのファンになっていただけるサイトでありたいですね。これは文具製品の特徴でもあるのですが、大部分の文具は、なかなかブランドを意識されることがないのです。
例えば、どこのメーカーの便箋を使っているということを普段から意識している方は少ないですよね。手に取って色や柄が気に入ったから買って、何度も使っているうちに「MIDORI」のマークを見て、ああ、これもミドリの製品なのかと気づくのがほとんどです。
そういうなかで、このコンテンツの文例や書き方のヒントに触れるうち、ミドリが運営しているサイトであると気づいていただき、好感を持っていただける。そんな場になることが理想ですね。
それと、本当にたくさんの方に見に来ていただけているので、ユーザーと一緒に新しい商品をつくりたいと思っています。
――それは楽しみです。
最後に、コンテンツにこれから取り組もうという企業も増えていると思います。そんな企業の担当者に一言お願いします。
中村すぐ目に見える成果が得られるものではないので、長期的な視点でじっくり取り組んでいくことですね。それと、トップの理解なしに実現できることではないので、理解を得られた上で取り組むことが大切です。
そうすれば、取り組みの価値を実感できるときがくると思います。
――ありがとうございました。
<取材を終えて>
デジタル時代に手紙の魅力、手書きの温かさを伝えるデザインフィル。そのコンテンツ作りの根本には、便箋メーカーとして創業した当時から変わらない、紙を通じたコミュニケーションを社会に広めようという姿勢がある。企業が強いコンテンツを継続的に生み出す鍵は、いかにして社会に価値をもたらすことができるのかを模索しつづけることにあるかもしれない。
同社の地に足の着いたコンテンツ作りにこれからも注目していきたい。