広告運用に必要な「クラフティング」ってなんだろう
2021年07月30日
ライター:粂野 三佳
SEM

前回のコラムで「戦略プランニング」と「戦略クラフティング」についてご紹介しました。今回は続編としてクラフティングについて自分なりの掘り下げて考えてみようと思います。「戦略クラフティング」という考え方はヘンリー・ミンツバークの論文「戦略クラフティング」*を参照しています。

クラフティングとは

広告運用を行うには、プランニングとクラフティング両方の考え方が必要だと考えています。プランニングは「論理的、合理的な分析による計画」、クラフティングは「実行からの学習を通じて発展していくプロセス」です。プランニングには論理思考が欠かせません。一方、クラフティングは思考よりも行動、実行といった身体的な意味合いが強くなります。運用型の広告においてはプランニングでアカウントの構成や過去実績にもとづいて目標達成できるよう設計を行います。クラフティングはそれらを実行していく中からの学びを活かして変化していくプロセスです。例えば、CVにつながっている広告文の配信結果から新しいキーワードが発見されアカウント内に追加する過程全体を指します。このように考えると、プランニング、クラフティング両方の考え方の必要性がはっきりと見えてきます。

クラフティングの方法

ミンツバーグの言うクラフティングは「クラフト」の言葉どおり、陶芸家である夫人の陶芸作品制作に着想を得ています。陶芸と聞いて私の地元愛が騒ぎだしたので、陶芸体験からクラフティングの方法を探ってみました。

私の地元では「砥部焼」というやきものが有名ですが、陶芸体験でクラフティングを体感することができます。
砥部焼ができるまでには「土の成形→乾燥→素焼き→絵付け→施釉(釉薬を掛ける)→本焼き」の工程があり、形成から行える体験(ロクロ体験・手びねり体験)と、絵付けの工程のみを行える絵付け体験があります。今回は絵付け体験の様子からクラフティングについて考えてみます。

絵付け体験では素焼きの器に「泥呉須(どろごす)」と呼ばれる塗料で自由に絵を書くことができます。
1. 素焼きの器に鉛筆で下書きをする。
下書きはプランニングのような工程でどこに何を描くかを決定します。鉛筆は本焼きをすると消えてしまいます。
2. 下書きにそって、呉須で色を付けていく。
色付は実行に当たる工程で、下書き(プラン)に沿って自分が思い描いていたイメージを具現化していきます。この工程の途中で、細く描くはずの線が太くなってしまったり、細かい部分が潰れてしまったり、思いとおりに描けないことがよく起こります。
3. 色付けをしながら、下書きにはなかったものを追加する。
失敗してしまった部分を別のものに描きかえたり、一通り下書きとおりに描いたものを眺めて、下書き段階では思っていなかった絵を付け加えたり、ひらめきによって変更を加えることがよくあります。また筆を進めていると、呉須の含ませ方によって色の濃淡の感覚がつかめるようになり、意図的に濃淡をつける工夫もできるようになります。この工程がクラフティングの核となる部分です。
4. 絵付け完成。
施釉と本焼きは施設側行います。約一ヶ月で手元に届きます。

絵付け体験の工程を追ってみると、「実行からの学習を通じて発展していく」クラフティングの様子がわかります。運用型広告においては、絵付け体験のように短時間で進むものではありませんが、同じようなプロセスをたどるのではないでしょうか。
三番目の工程がクラフティングの核と書きましたが、ここがまさに発展する瞬間であり、新しい何かが創発される可能性の秘められた工程だと私は考えています。計画、実行を行ってはじめて起こりうる工程であり、実行の状況はひとつとして同じものはなく偶発的な事象も多く含まれます。これらの中から気づき、学び発展していくことがクラフティングに求められることです。

絵付けの流れと広告運用の流れ

クラフティング力を育むために

では、クラフティング力を高めるために必要なことはどのようなことでしょうか。私自身もまだ模索中ですが、クラフティング力を高めるためには、実行の経験の積み重ねと観察力が必要だと考えています。実際に現場で自分が手を動かさなければ、感覚的な基準を確立することができません。現場で観察することによってしか気がつけない小さなことがらもあるでしょう。実行の場で起こっていることは固有の事象で、簡単にフレームワークに当てはめることができません。実行の場で自分自身が手を動かし思考を巡らせることはクラフティングには必要不可欠です。
広告運用で考えて見ると、自分がアカウントの状況を確認しているからこそ数値の変化やクエリの変化に気がついたことはありませんか。セミナーで聞いた成功事例の施策を実行してみたけれど、うまくいかなかったことはありませんか。固有の状況を理解し、観察していく中でしか発見し得ないことが多くあるのだと思います。クラフティングでは現場に身を置くことが前提となるでしょう。現場での経験を積み重ねて、実行に基づいた感覚知が養われていきます。観察力は物事を注意深く見ることからはじまります。その上で、自分の視点からだけではなく、多角的な視点で客観的に見ることを意識するだけで気がつくことが変わってきます。多くのことに気がつくと、ひらめきが生まれやすくなります。ひらめきというと掴みどころのないものに感じますが、ここで意味するところは、気付きがトリガーとなり、他のものと結びついて新しいアイデアが生まれることを指しています。この直感的な思考は論理思考とは正反対のものです。広告運用では論理思考が優先されていますが、論理だけでは全てが同じところに行き着いてしまう危険性があります。運用型広告の配信が頭打ちになってしまったときには必ず新しいアイデアが必要になります。大げさですが、私はクラフティングによって広がる世界があると思っています。

広告クリエイティブ運用とクラフティング

私の仕事は運用型広告の運用ですが、広告クリエイティブを運用するといった視点に重きをおいて業務に取り組んでいます。広告クリエイティブ運用はクラフティングをすることと同義と認識しています。広告運用では配信結果の改善はもちろんですが、CPAの改善にコミットすれば効率を重視するために絞り込んだ配信になりやすく、配信が縮小してしまう傾向になります。また、広く配信をするとただ闇雲に広告を表示させるだけで、必要な人に届けられない可能性が高くなります。この問題を解決していくのが広告クリエイティブ運用です。この運用では成果を改善するための広告と並行して、新しいユーザー層やニーズの発見のためのテストを行っていきます。ニーズの発見だけでなく、ニーズの創出(まだ気づいていない欲求やニーズに気づかせること)にも寄与できると思っています。広告の管理画面の成果だけではなく、ビジネス自体にも学習の結果をフィードバックできる環境を整えられれば、運用型広告の役割も変わっていく可能性があります。このビジネスにも学びを活かすダブルループ学習の視点は重要だと考えています。

ダブルループ学習

ここまでクラフティングに関することを書き連ねてきましたが、業務の中で、広告運用の役割は「獲得」だけではなくなってきていると感じることが増えました。今はまだ手探りではありますが、その他の領域と連携することも増えています。これまでの管理画面完結の方法ではビジネスインパクトが小さいなどの課題もあります。広告運用を違う視点から観察して、新しい役割を見出していくことが必要です。私たち広告運用に携わる者は自分たちの業務のクラフティングも忘れずにしていきたいものです。