マーケティング測定の再定義:2025 ANA Measurement & Analytics Conference in シカゴ参加レポート(Part 2)
2025年09月22日
ライター:黒島 正貴

🔙 前記事見逃してしまった方はPart 1はこちら

本記事では以下のセッションと展示ハイライトを紹介します。

セッション③ HP ― データ品質危機への挑戦

登壇者:

  • Kumar Rahm(HP Head of Marketing Data Science)

HPのKumar Rahm氏は「業界で最も緊急性の高い課題はデータ品質だ」と指摘しました。調査によると、マーケターやアナリストのうち自社データを完全に信頼しているのはわずか47%。実務で頻繁に誤りが見つかることを考えると、むしろ高すぎる数字だと驚きを示しました。

HPが直面した課題

  • 2018年時点で 22ものデータベース に断片化
  • マーケティング、営業、ファイナンスでデータがバラバラに存在
  • データサイエンティストは 業務時間の3分の1をデータクリーニングに消費
  • エンジニアは不具合修正や誤差調整に追われ、前向きな分析に時間を割けない

Rahm氏は「CMOに提示する指標が本当に正しいのか、確信を持てなければならない」と強調しました。

解決策

HPは22のデータベースを 3つに統合 し、最新の レイクハウス型アーキテクチャ を導入しました。

  • レイクハウス:データレイク(大量の生データを保存)とデータウェアハウス(構造化されたデータを分析)を組み合わせた仕組み
  • ハーモナイゼーション(harmonization):異なるソースのデータを標準化する作業
  • アノマリー検知(anomaly detection):CPC(クリック単価)やインプレッション数などで異常値を自動検知

成果

  • データクリーニングにかける時間を 3分の1 → 10%以下 に短縮(将来的には5%が目標)
  • データ品質を「IT部門の責任」から「全社の共有責任」へと再定義
  • チーム全体で「データが正しいのか?」という問いを常に意識

「完全性や有効性だけでなく、最も難しい問いは『そのデータは正しいのか?』です。」

セッション④ Bayer & Incremental ― リテールメディア測定の再定義

登壇者:

  • Angela Fenwick(Bayer Consumer Health Director of Ecommerce Sales)
  • David Pollet(Incremental CEO)

リテールメディアとは?

AmazonやWalmartなど小売プラットフォーム上の広告。広告が商品価格・配送オプション・プロモーションと並んで表示されるため、広告(メディア)と販売(コマース)が一体化しています。これは従来の広告とは大きく異なる点で、機会と同時に測定の難しさを生んでいます。

現状の課題

業界では ROAS(広告費用対効果) がよく使われますが、多くはクリックやブランド検索といった代理指標(プロキシ)に依存。
Pollet氏はこう警告しました。

「最も高いROASは、もともと自然に獲得できたブランド検索から生まれがちです。これは真の増分効果(インクリメンタル)ではありません。」

共同プロジェクトの目標

  1. 既存予算からより多くを生み出す(追加投資なしで+10%の売上成長を目指す)
  2. シンプルかつ自動化された測定(レポート遅延を減らし、複数ブランド・小売に展開可能にする)

アプローチと成果

  • Incrementalの インクリメンタリティ(増分効果)スコアリング をリテールメディアに直接実装
  • Skaiなどのパートナーと連携しデータを統合
  • リアルタイムで投資を最適化(単なるクリック帰属ではなく、真の増分効果ベース)

成果は予想を大きく上回りました。

  • 予算を増やさずに 売上+32% を達成
  • 毎日1,000件以上の最適化を実施
  • パイロット2ブランドからスタートし、10ブランド・3小売にスケール拡大

Fenwick氏は「リテールメディアは単なる流通チャネルではなく、成長戦略そのものに位置づけられるようになった」と強調しました。

Pollet氏は次のように結びました。

「測定は答えではなく、シグナル(信号)なのです。」

展示ハイライト ― MMMが切り開く測定の未来

展示会場では、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング) に注力する企業が目立ちました。
MMMは、テレビ・デジタル・オフラインなどチャネル横断でマーケ投資の真の効果を測定する手法です。もともとは数十年前から存在する「古典的」なアプローチでしたが、クッキー規制やプライバシー保護の強化を背景に、米国では再び主流の手法として脚光を浴びています。

今年の展示では、各社がMMMに AIや先進分析を組み合わせて高速化・予測化・実行可能化 している点が特に印象的でした。以下、注目の企業を詳しく紹介します。


🔹 Adobe

Adobeは、MMMを自社の Adobe AnalyticsExperience Cloud に組み込み、単なる測定ではなく 実行(activation)に直結する仕組み をアピールしました。

測定と施策実行を一気通貫でつなげることで、「インサイトが出ても実行が伴わない」という従来の課題を解消。ブランドが メディアプランニングと実際のビジネス成果 を直結させることを支援しています。


🔹 Analytic Partners

Analytic Partnersは「コマーシャル・インテリジェンス(商業インテリジェンス)」を強調。MMMを「過去の効果測定」だけでなく、将来のシナリオプランニング に活用できる点を訴求しました。

たとえば「もし来期の予算を10%減らしたら、売上・利益にどう影響するか?」といったトレードオフをシミュレーションできるため、CFOや経営層が予算配分の意思決定を行う際に役立ちます。


🔹 Ekimetrics

Ekimetricsは、AI駆動のデータサイエンスを基盤とし、MMMを 予測型シミュレーション に進化させています。

複数チャネルをまたいで「もしも」シナリオを試せるため、不確実な市場環境でも レジリエント(強靭)なマーケティング計画 を立てられる点が強みです。

例えば「テレビ広告を減らしてSNSに移した場合の売上変化」などを事前に検証できます。


🔹 iSpot.tv

iSpot.tvは、テレビ・動画分析の専門企業。線形TV(従来型テレビ放送)とストリーミングを統合し、MMMとリアルタイムのパフォーマンス追跡を組み合わせています。

これにより、分散するメディア環境においても「ブランド露出(exposure)が実際のビジネス成果にどう結びついたか」を明らかにできる点を強調しました。


🔹 Optimine

Optimineは スピードと俊敏性 を最大の差別化ポイントにしています。

従来のMMMは分析が重く、四半期ごと(年4回程度)の更新しかできないケースが多いですが、Optimineは「常時稼働型(always-on)MMM」を提供。

ほぼリアルタイムでのインサイトを提供できるため、変化の速い市場で 即時に予算調整 することが可能になります。

クロージング

今回参加した 2025 ANA Measurement & Analytics Conference は、マーケティングにおける「測定」の役割がいかに大きく変化しているかを実感できる場でした。測定はもはや「数字の報告」ではなく、マーケティングの信頼性と説明責任を支える基盤 そのものへと進化しています。

各セッションを通じて共通していたのは、ROI(投資収益率)の証明が必須 であるということです。Googleの「Measurement Trifecta」、LinkedInの「認知から売上への因果関係」、HPの「データ品質基盤の再構築」、Bayer & Incrementalの「リテールメディアの再定義」。どれも方向性は異なりながらも、「測定はビジネス成果に直結すべき」という強いメッセージを発していました。

また、議論の中で繰り返し強調されたのは データの重要性 です。AIや高度な分析を活かすためには、まずクリーンで信頼できるデータが欠かせません。これがなければ、どれほど洗練されたモデルも意味を持たないのです。この点は、私たちが日頃から支援している「データ基盤の整備」とも深く響き合う内容でした。

展示会場では、AdobeやAnalytic Partners、Ekimetrics、iSpot.tv、Optimineといった企業が、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)をAIやリアルタイム最適化と融合させ、プライバシーに配慮しつつ実用性の高い測定の未来 を示していました。

そして何より印象的だったのは、イベント全体の熱量です。満席のセッション、活発なネットワーキング、充実した展示ブース。シカゴでの3日間は、「測定の未来がいま、ここで形作られている」という確かな実感を得られる時間でした。

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黒島 正貴
北米ビジネスディベロップメント(グローバル)責任者
コンサルタントとして15年以上の経験を持ち、HIS、楽天、キッコーマンなどの企業において、社内外に向けたソリューション提案やデジタルトランスフォーメーションの推進に携わってきました。2024年には日本からカナダへ拠点を移し、現在はビジネスディベロップメントとして、北米市場における事業開発やパートナーシップ構築に取り組んでいます。グローバルな視点を活かし、Ayudanteの価値を世界に広げることを目指しています
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