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本記事では以下のセッションと展示ハイライトを紹介します。
セッション③ HP ― データ品質危機への挑戦

登壇者:
- Kumar Rahm(HP Head of Marketing Data Science)
HPのKumar Rahm氏は「業界で最も緊急性の高い課題はデータ品質だ」と指摘しました。調査によると、マーケターやアナリストのうち自社データを完全に信頼しているのはわずか47%。実務で頻繁に誤りが見つかることを考えると、むしろ高すぎる数字だと驚きを示しました。
HPが直面した課題
- 2018年時点で 22ものデータベース に断片化
- マーケティング、営業、ファイナンスでデータがバラバラに存在
- データサイエンティストは 業務時間の3分の1をデータクリーニングに消費
- エンジニアは不具合修正や誤差調整に追われ、前向きな分析に時間を割けない
Rahm氏は「CMOに提示する指標が本当に正しいのか、確信を持てなければならない」と強調しました。
解決策
HPは22のデータベースを 3つに統合 し、最新の レイクハウス型アーキテクチャ を導入しました。
- レイクハウス:データレイク(大量の生データを保存)とデータウェアハウス(構造化されたデータを分析)を組み合わせた仕組み
- ハーモナイゼーション(harmonization):異なるソースのデータを標準化する作業
- アノマリー検知(anomaly detection):CPC(クリック単価)やインプレッション数などで異常値を自動検知

成果
- データクリーニングにかける時間を 3分の1 → 10%以下 に短縮(将来的には5%が目標)
- データ品質を「IT部門の責任」から「全社の共有責任」へと再定義
- チーム全体で「データが正しいのか?」という問いを常に意識
「完全性や有効性だけでなく、最も難しい問いは『そのデータは正しいのか?』です。」
セッション④ Bayer & Incremental ― リテールメディア測定の再定義
登壇者:
- Angela Fenwick(Bayer Consumer Health Director of Ecommerce Sales)
- David Pollet(Incremental CEO)
リテールメディアとは?
AmazonやWalmartなど小売プラットフォーム上の広告。広告が商品価格・配送オプション・プロモーションと並んで表示されるため、広告(メディア)と販売(コマース)が一体化しています。これは従来の広告とは大きく異なる点で、機会と同時に測定の難しさを生んでいます。
現状の課題
業界では ROAS(広告費用対効果) がよく使われますが、多くはクリックやブランド検索といった代理指標(プロキシ)に依存。
Pollet氏はこう警告しました。
「最も高いROASは、もともと自然に獲得できたブランド検索から生まれがちです。これは真の増分効果(インクリメンタル)ではありません。」
共同プロジェクトの目標
- 既存予算からより多くを生み出す(追加投資なしで+10%の売上成長を目指す)
- シンプルかつ自動化された測定(レポート遅延を減らし、複数ブランド・小売に展開可能にする)

アプローチと成果
- Incrementalの インクリメンタリティ(増分効果)スコアリング をリテールメディアに直接実装
- Skaiなどのパートナーと連携しデータを統合
- リアルタイムで投資を最適化(単なるクリック帰属ではなく、真の増分効果ベース)
成果は予想を大きく上回りました。
- 予算を増やさずに 売上+32% を達成
- 毎日1,000件以上の最適化を実施
- パイロット2ブランドからスタートし、10ブランド・3小売にスケール拡大
Fenwick氏は「リテールメディアは単なる流通チャネルではなく、成長戦略そのものに位置づけられるようになった」と強調しました。
Pollet氏は次のように結びました。
「測定は答えではなく、シグナル(信号)なのです。」
展示ハイライト ― MMMが切り開く測定の未来


展示会場では、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング) に注力する企業が目立ちました。
MMMは、テレビ・デジタル・オフラインなどチャネル横断でマーケ投資の真の効果を測定する手法です。もともとは数十年前から存在する「古典的」なアプローチでしたが、クッキー規制やプライバシー保護の強化を背景に、米国では再び主流の手法として脚光を浴びています。
今年の展示では、各社がMMMに AIや先進分析を組み合わせて高速化・予測化・実行可能化 している点が特に印象的でした。以下、注目の企業を詳しく紹介します。
🔹 Adobe
Adobeは、MMMを自社の Adobe Analytics や Experience Cloud に組み込み、単なる測定ではなく 実行(activation)に直結する仕組み をアピールしました。
測定と施策実行を一気通貫でつなげることで、「インサイトが出ても実行が伴わない」という従来の課題を解消。ブランドが メディアプランニングと実際のビジネス成果 を直結させることを支援しています。
🔹 Analytic Partners
Analytic Partnersは「コマーシャル・インテリジェンス(商業インテリジェンス)」を強調。MMMを「過去の効果測定」だけでなく、将来のシナリオプランニング に活用できる点を訴求しました。
たとえば「もし来期の予算を10%減らしたら、売上・利益にどう影響するか?」といったトレードオフをシミュレーションできるため、CFOや経営層が予算配分の意思決定を行う際に役立ちます。
🔹 Ekimetrics
Ekimetricsは、AI駆動のデータサイエンスを基盤とし、MMMを 予測型シミュレーション に進化させています。
複数チャネルをまたいで「もしも」シナリオを試せるため、不確実な市場環境でも レジリエント(強靭)なマーケティング計画 を立てられる点が強みです。
例えば「テレビ広告を減らしてSNSに移した場合の売上変化」などを事前に検証できます。
🔹 iSpot.tv
iSpot.tvは、テレビ・動画分析の専門企業。線形TV(従来型テレビ放送)とストリーミングを統合し、MMMとリアルタイムのパフォーマンス追跡を組み合わせています。
これにより、分散するメディア環境においても「ブランド露出(exposure)が実際のビジネス成果にどう結びついたか」を明らかにできる点を強調しました。
🔹 Optimine
Optimineは スピードと俊敏性 を最大の差別化ポイントにしています。
従来のMMMは分析が重く、四半期ごと(年4回程度)の更新しかできないケースが多いですが、Optimineは「常時稼働型(always-on)MMM」を提供。
ほぼリアルタイムでのインサイトを提供できるため、変化の速い市場で 即時に予算調整 することが可能になります。

クロージング
今回参加した 2025 ANA Measurement & Analytics Conference は、マーケティングにおける「測定」の役割がいかに大きく変化しているかを実感できる場でした。測定はもはや「数字の報告」ではなく、マーケティングの信頼性と説明責任を支える基盤 そのものへと進化しています。
各セッションを通じて共通していたのは、ROI(投資収益率)の証明が必須 であるということです。Googleの「Measurement Trifecta」、LinkedInの「認知から売上への因果関係」、HPの「データ品質基盤の再構築」、Bayer & Incrementalの「リテールメディアの再定義」。どれも方向性は異なりながらも、「測定はビジネス成果に直結すべき」という強いメッセージを発していました。
また、議論の中で繰り返し強調されたのは データの重要性 です。AIや高度な分析を活かすためには、まずクリーンで信頼できるデータが欠かせません。これがなければ、どれほど洗練されたモデルも意味を持たないのです。この点は、私たちが日頃から支援している「データ基盤の整備」とも深く響き合う内容でした。
展示会場では、AdobeやAnalytic Partners、Ekimetrics、iSpot.tv、Optimineといった企業が、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)をAIやリアルタイム最適化と融合させ、プライバシーに配慮しつつ実用性の高い測定の未来 を示していました。
そして何より印象的だったのは、イベント全体の熱量です。満席のセッション、活発なネットワーキング、充実した展示ブース。シカゴでの3日間は、「測定の未来がいま、ここで形作られている」という確かな実感を得られる時間でした。
